サムネイル

従来の医薬品情報学の姿

従来の医薬品情報学(DI)では、薬剤師は主に添付文書や治療ガイドライン、一次文献の探索・読解・批判的吟味を通じて情報を得ていた。例えば処方監査や疑義照会、服薬指導などの現場では、これらの情報源を参照し、得られた知見を踏まえてアセスメントや助言を行っていた。要するに、DIは「情報を読む」ことで薬物療法を支援する役割であり、その知識体系・技能も文献検索やエビデンス評価が中心だった[[1](ACPE基準でも情報学の専門性習得が求められる)]。

情報システム化と薬剤師の新たな役割

近年、電子カルテ(EHR/EMR)の普及や処方オーダ入力システム(CPOE)、臨床意思決定支援(CDS)、リアルワールドデータ(RWD)の活用、大規模言語モデル(AI要約)など情報システム技術が急速に進展している。例えば米国では電子カルテへの臨床意思決定支援の導入が進み、2017年には90%以上の医療機関でCDSが実装されている[2]。薬剤師もEHR内の詳細な患者情報を参照し、医師やチームと連携しながら処方監査・薬歴記録・患者フォローなどを遂行するようになっている[3]。つまり、薬剤師はもはや受動的に情報を読むだけでなく、情報システム上に組み込まれたアラートや提示情報を活用して「情報で薬物療法を動かす」立場へ変化している。

  • 電子カルテ/処方オーダシステム:投薬指示から投与・モニタリングまで、薬物療法プロセスが情報システムに連結。
  • 臨床意思決定支援(CDS):投与エラー防止や薬物相互作用アラート、投薬計画の自動提示などに薬剤師も関与。
  • リアルワールドデータ(RWD):システムに蓄積される実臨床データを疫学的に解析し、現場での有効性・安全性を検証する動き。
  • AI要約・生成ツール:薬剤師業務の文献検索や要約作成支援に大型言語モデルが活用され始め、効率化が期待されている(ただし検証・倫理的配慮必須)[4][5]。

DI教育の課題とBMI導入の必要性

このような変化に照らすと、従来のDI教育(文献探索と吟味中心)では不十分である。実際、米国の薬学教育ではACPE基準によりインフォマティクス専門知識の習得が義務付けられており、卒業生には「情報学における専門性」の発揮が求められている[1]。しかし日本でも、システム技術を含む医学情報基盤の理解なしには、薬剤師業務は時代遅れになってしまう可能性がある。すなわち、DI教育にはBMI(バイオメディカルインフォマティクス)の基礎領域―データ・標準化・相互運用・評価・ガバナンス―を組み込む必要がある。例えば、薬剤コード・検査項目・診断名など医療情報の標準化規格や、電子カルテ間のデータ連携、CDSの効果測定指標、個人情報保護の運用なども薬剤師が知っておくべき知識である。これらが欠けると、同じ薬効情報でもシステム設計次第で実際の意思決定に差が生じるリスクが増大する。[6](注:出典は計画案より)。

ケモ・バイオインフォマティクスの統合的視点

さらに薬学的視点として、ケモインフォマティクス(薬物の分子構造とADMET特性、相互作用仮説)およびバイオインフォマティクス(遺伝子・代謝経路・分子機序など)の理解もDIには不可欠である。実例として、薬剤師は薬物相互作用のリスクを判断する際に分子構造を手がかりにすることがある。例えば、CYP3A4で代謝される薬剤同士(スタチンと抗真菌薬など)は構造上の類似点から相互作用リスクが予想される([7]も示すように、既存データベースにも漏れが多く、専門家の知識が必要)。遺伝子情報の例では、クロピドグレルはCYP2C19で活性化するプロドラッグであるが、CYP2C192など変異を持つ人では効果が著しく低下し、そのまま投与すると再梗塞リスクが上昇する[8]。こうした場合、薬剤師は検査結果を参照し、チカグレロルやプラスグレルへの切替を提案する役割を担うことができる[8]。また、抗凝固薬ワルファリン*ではVKORC1やCYP2C9の遺伝子多型がワルファリン感受性の30–50%を占めることが知られており[9][10]、変異型患者では投与量やTDMを細やかに調整する必要がある。薬剤師はこれらのケモ/バイオインフォマティクス知識を活用し、処方監査や服薬指導、患者説明に反映させることで、個別化医療を支援することが期待される。

まとめ:BMIを組み込んだ医薬品情報学へ

以上、現場事例を交えつつ述べたように、医薬品情報学は単なる情報源の読解から、情報システムを介した薬物療法のデザイン・調整へと領域を広げつつある。従来のDI教育だけではこれらの変革に対応できず、BMIの基礎やケモ/バイオインフォマティクスの視点を組み込んだ学びが必須となっている。各概念の詳細や教育実践については次章以降で深掘りするが、本章ではその必要性と大枠を示した。これからの医療環境で薬剤師が情報介入を高めるには、情報学と薬学を融合した新たなDI教育へのシフトが必要である。


参考文献