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日常業務で直面する判断の悩み
薬剤師として日々業務にあたっていると、エビデンス(根拠)の必要性を痛感する場面が少なくありません。例えば、次のような経験はないでしょうか。
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処方監査(処方箋のチェック) 患者さんの処方箋を確認していて、「この用量は適切だろうか?」「併用されている薬同士に問題はないか?」と疑問に思うことがあります。安全で有効な薬物療法を提供するため、エビデンスに基づいて処方の妥当性を判断したいと感じたことはないでしょうか。
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疑義照会(処方医への問い合わせ) 処方内容に疑問がある場合、医師に連絡して確認・提案を行います。ただ経験や勘に頼るだけでなく、提案に説得力を持たせるために科学的根拠を示したい場面も多いでしょう。
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服薬指導(患者への薬の説明) 患者さんから「この薬、本当に必要なんですか?副作用は大丈夫でしょうか?」と尋ねられ、答えに詰まった経験はありませんか。患者さんの不安にしっかり答えるには、最新のエビデンスに裏付けされた説明が求められます。
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ポリファーマシー対応(多剤併用の是正) 高齢の患者さんで処方薬が何種類もあるとき、どの薬を優先し、どれを減らすべきか頭を悩ませることがあります。複数の疾患を抱える患者さん一人ひとりに合わせて最適な処方を検討する際にも、根拠に基づいた判断が必要です。
以上のような場面では常に「どう判断するのが最善か?」という問いがつきまといます。現場にはマニュアル通りにいかないグレーゾーンの判断が多く、そんなとき頼りになるのが EBM です。薬剤師が遭遇するこれら「答えのない疑問」に対し、EBMは道しるべを示してくれるツールとなり得ます[1]。日常業務に忙殺される中でも、EBMを活用すれば確かな根拠に基づいて自信を持って判断できるのです。
EBMは「論文読み」ではなく臨床判断を支えるプロセス
ところで皆さんは EBM(Evidence-Based Medicine, 根拠に基づく医療) と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。単に「文献を調べて論文を読むこと」と捉えてはいないでしょうか。確かに、論文やガイドラインを参照することはEBMの一部です。しかし、それだけがEBMの全てではありません。
EBMとは、最良の研究エビデンスと臨床の専門知識、そして患者の価値観や状況を統合してより良い医療を追求する一連のプロセス を指します[2]。言い換えれば、EBMは論文という「根拠」を活用しつつも、それを鵜呑みにせず各患者に合わせて適用するための臨床判断の方法論なのです。
実際、EBMは以下の5つのステップからなると説明されています[3]。
- 臨床上の疑問の定式化
- 情報収集
- 情報の批判的吟味
- 患者への適用
- 効果の評価
このように体系立てられたプロセスを踏むことで、私たち薬剤師は日々の判断に確かな裏付けを与えることができます。
重要なのは、EBMが 決して研究論文の結論をそのまま当てはめる作業ではない という点です[4]。研究結果は一般的な傾向を示すものに過ぎず、本当に目の前の患者さんに適用できるかどうかを見極めるには総合的な判断が欠かせません。その判断には、薬剤師自身の持つ臨床知識や経験も大いに活かされます。つまりEBMとは、「文献を読むこと」自体が目的ではなく、文献から得た根拠と自分たちの専門性を組み合わせて最適な臨床判断を下すためのプロセスなのです[2]。
このプロセスを実践することの意義は大きく、患者安全の向上や医療の質改善につながります。例えば、新しい治療薬が次々と登場し高齢患者の多疾患併存が進む現在、エビデンスに基づいた判断なしに安全で効果的な薬物療法を提供することは困難です。薬剤師がエビデンスを意識して意思決定することは、患者さんや医療チームからの信頼にも直結します。実際、近年の薬学教育でもEBMの基本概念や統計・臨床研究の基礎が取り入れられ、将来の薬剤師に必要なスキルとして強調されています[5]。こうした背景からも、EBMはもはや特別な取り組みではなく現代の薬剤師にとって必須のスキルだと言えるでしょう。
現場を問わずEBMは共通の基盤に
「私は調剤薬局勤務だから臨床的な判断は医師に任せている」「病院薬剤師と違って研究論文に触れる機会が少ない」──そのように感じている方もいるかもしれません。しかし、EBMの考え方は保険薬局であろうと病院であろうと共通に活かせる基盤 です。実務の場が異なっても、根拠に基づいて判断するという姿勢自体は普遍的だからです。
例えば病院薬剤師であれば、医師や看護師とチームを組んで回診やカンファレンスに参加し、治療方針の提案を行うでしょう。一方、保険薬局の薬剤師であれば、患者さんと1対1で向き合い服薬相談に乗ったり、処方医に疑義照会したりする機会が多いでしょう。表面上の役割は異なっても、エビデンスに基づき説明・提案する という点では共通しています。
実際、「EBMはチーム医療を担う医療人の共通言語であり、薬剤師が臨床判断する際にも科学的な裏付けが必要だ」と指摘する声もあります[6]。エビデンスに裏打ちされた判断基準を持っていれば、職種間・施設間で共通の理解のもと連携しやすくなり、結果としてチーム医療の質も高まります。
さらにEBMは、現場経験の浅い新人や薬学部の学生にとっても心強い道具となります。経験が少ないと判断に迷うことが多いものですが、「根拠は何か?」という視点で考える習慣を身につけておけば、未知の問題に直面しても乗り越えやすくなるでしょう。先輩薬剤師と共通の言葉(根拠)で議論できれば、指導や相談も的確に行えます。まさにEBMは世代や職域を超えて共有できる土台と言えます。
次章へのつながり:EBMを理解するために
ここまで、日常業務の具体例を通じてEBMの必要性とその本質について概観しました。「エビデンスに基づく医療」と一口に言っても、その背景には奥深い概念とプロセスがあります。
そこで次章では、EBMとは何か、その正式な定義や関連する用語について改めて整理 します。共通の言語を押さえることで、これから先の章でより具体的なEBM実践方法をスムーズに理解できるようになるはずです。まずは基本に立ち返り、EBMの概念をしっかり確認していきましょう[7]。
参考文献
- [1] [3] [5] 薬剤師のジャーナルクラブ(青島周一) | 2014年 | 記事一覧 | 医学界新聞 | 医学書院
- [2] [4] [7] 重要用語の基礎知識 - Mindsガイドラインライブラリ
- [6] 特集 症候別スキルアップ 第一回 頭痛 | ファーマスタイルWEB