第1~3章でEBMの意義と現状について見てきました。本章では、EBMの基本となる5つのステップ(Ask, Acquire, Appraise, Apply, Assess)を薬剤師の実務に即して具体的に解説します。調剤薬局(保険薬局)でも病院薬剤部でも活用できるよう、各ステップごとに典型的な業務シーンを交え、忙しい現場でも実践可能な「最低限ここだけは」というポイントにも触れていきます。EBMは特別な作業ではなく、日々私たちが行っている情報検索・判断プロセスを体系化したものです[1]。では順に見ていきましょう。
Ask:臨床疑問の定式化(PICO/PECO)
◆典型シーン:調剤薬局で患者さんから「このサプリメントは一緒に飲んでも大丈夫?」と聞かれたり、病棟で医師から「この患者に最適な利尿剤は?」と相談されたとき、まず臨床疑問を明確に言語化(定式化)することから始まります。漠然とした疑問のままでは情報収集のしようがありません。そこで役立つのがPICO/PECOというフレームワークです[2]。疑問をP(Patient/患者)、I(InterventionまたはExposure/介入または暴露要因)、C(Comparison/比較対象)、O(Outcome/結果)の要素に分解して整理します。例えば、ある高齢患者で「利尿薬Aは利尿薬Bと比べて心不全悪化(再入院)を減らせるか?」という疑問が出た場合、PICOに当てはめると「P:高齢心不全患者」「I:利尿薬Aの使用」「C:利尿薬Bの使用」「O:心不全増悪による再入院率」といった具合です。このように「〇〇の患者に、△△すると、□□と比べて、◎◎にどう影響するか」という形で整理します。[3]
疑問の種類によっては比較対象(C)や時期(T:Timing)など省略する場合もありますが、詳細に定義するほど答えを見つけやすい具体的な質問になります[4][5]。介入効果に関する疑問にはPICOを、リスク因子や副作用の有無を問う疑問にはPECO(Interventionの代わりにExposure:曝露要因)を使うとよいでしょう。例えば実例として、「フェノフィブラート服用患者は、服用しない場合に比べて胆石症を発症しやすいか?」という疑問はPECO形式に整理できます[6](P:高脂血症の患者, E:フェノフィブラート服用, C:非服用, O:胆石症の発症)。このようにPICO/PECOで疑問を言語化しておくと、必要な情報が何か明確になり検索もしやすくなるのです[7]。忙しい現場でも、最低限「どの患者に」「何をしたら」「何が起こるか」をひと言で言える形に整理することを心がけましょう。
補足TIP:時間がないときは、疑問を書き留めておくだけでも価値があります。後からでもPICOに沿って整理し直し、チームで共有すれば、抜け漏れのない意思決定につながります。
Acquire:情報探索(一次・二次・三次情報の使い分け)
◆典型シーン:定式化した疑問に答えるため、文献や情報源を検索(サーチ)する段階です。例えば、「フェノフィブラートと胆石症リスク」の疑問なら、薬剤師はまず文献データベースで関連論文を探したり[8]、関連する診療ガイドラインがないか調べるでしょう[9]。このステップでは一次情報・二次情報・三次情報を使い分けることが重要です。
一次情報:研究の一次データから得られた原著論文や学会発表などです。最新の知見や詳細なデータを得るために、PubMedや医中誌で論文を検索したり、専門誌を参照します。例えばPubMedでキーワード検索を行うと、何万件もの結果が出ることもありますが[10]、フィルタ機能を使って対象患者層や研究デザインで絞り込むことで効率よく探せます[11]。疑問によってはRCTやコホート研究など適したデザインの論文にあたると良いでしょう(治療効果ならRCT、有害事象なら観察研究など)。
二次情報:複数の一次情報をまとめたレビュー論文やシステマティックレビュー、メタ解析、診療ガイドラインなどです。時間がない現場では、まず信頼できるレビューやガイドラインを参照するのも有効です。ガイドラインは専門家が網羅的にエビデンスを評価して作成しており、有用な参考文献リストでもあります[12]。日本ではMindsガイドラインライブラリ[9]を使えば国内外の主要ガイドラインにアクセスできます。例えば胆石症に関するガイドラインから参考文献をたどることで、関連論文を見つけるアプローチも有効です[12]。
三次情報:いわゆる教科書的資料やデータベースです。定型的な質問(用法用量、副作用頻度など)なら、添付文書や薬剤集、UpToDate等のオンライン情報源が素早く答えを与えてくれます。三次情報は内容が整理されていて使いやすい反面、最新エビデンスの反映が遅れることもあるため、最新情報が必要な場面では一次情報にあたる必要があります。
情報探索ではまず信頼できる情報源から当たりましょう。例えば治療法の効果なら医療データベース(PubMedやCochrane Library)、国内なら医中誌やJ-STAGE、診療ガイドラインを確認します。一方、一般的な質問でもWikipediaなど玉石混交の情報に飛びつくのは避け、できるだけエvidenceの質が担保された情報源を選ぶべきです[13]。近年ではAIを活用した文献検索サービスも登場していますが[14]、提示された根拠を自分で原典確認する姿勢は崩さないよう注意が必要です。
補足TIP:現場で時間がなければ、まず信頼できる定番の情報源1~2箇所(例えば病院薬剤師ならUpToDate、調剤薬局薬剤師なら医薬品インタビューフォーム等)で素早く回答を探し、より専門的・クリティカルな疑問は後で一次文献を掘り下げる、といったメリハリも大切です。
Appraise:情報の批判的吟味(妥当性・精度・適用可能性)
◆典型シーン:検索によって例えば1件の有力な論文やガイドラインを見つけたとします。ここで大切なのが、その情報を鵜呑みにせず批判的に評価(アプレイズ)することです。薬剤師が論文を手に取った場面を考えてみましょう。その論文は信頼できる内容でしょうか? 結論をそのまま自分の患者に当てはめて問題ないでしょうか?
批判的吟味では、一般に①結果の妥当性(バイアスのリスクや内的妥当性)、②結果の重要性(効果の大きさや統計的有意差だけでなく臨床的意義)、③患者への適用可能性(外的妥当性)の3点でエビデンスを評価します[15]。具体的には「その研究は適切なデザインで行われ信頼できるか?」「結果の差は偶然でないと言えるか?臨床的にどれほどのメリットがあるか?」「自分の患者に当てはまる条件か?」といった観点です[16][17]。
例えば得られた論文がRCTであれば、ランダム化や盲検化が適切に行われているか、追跡脱落は少ないかといった妥当性を確認します。また効果量(オッズ比や相対リスク、NNTなど)は臨床的に意味のある大きさか、信頼区間は十分狭いかを見ます。さらに試験対象が自分の患者と大きく異ならないか(年齢層や併存疾患の有無など)、アウトカムは患者にとって重要な指標か(代理指標ではないか)など適用可能性を吟味します。
この作業は専門知識が要求されるため、「自信がない…」と感じる薬剤師も多いでしょう。実際、ある調査では「論文を批判的に読むスキル」に不安を抱える薬剤師が多いことが報告されています[18]。そこで活用したいのがチェックリストです。世界的に著名なものにコクラン共同計画の“Risk of Bias(RoB)ツール”がありますし、観察研究向けにはROBINS-Iがあります[19]。日本語では南郷先生らの「The SPELL」のチェックシートなど、試験デザインごとに要点をまとめた資料も公開されています[20]。実際の現場でも、「何をチェックすれば良いかわからない…」という場合にはこうした既存のチェックリストを活用して網羅的に評価すると良いでしょう[19]。
さらに重要なのは、「このエビデンスには限界もある」ことを常に意識する姿勢です。たとえRCTでも症例数が十分でなかったり、結果のばらつきが大きかったりすれば過信は禁物です。またデータの統計的有意差と臨床的有用性は別という点にも注意が必要です。エビデンスを評価する際、研究デザインや統計の知識があればより深く読み解けますが、逆に言えばそうした知識がないと評価が難しい場面もあります。本書の次章では代表的な研究デザインの特徴やエビデンスの強さを解説しますので、批判的吟味のスキルアップにつなげてください。
補足TIP:時間がない場合でも、最低限チェックしたいポイントとして「研究の種類(RCTか観察研究か)」「症例数やフォロー期間など規模の概略」「主要アウトカムと結果の要点」だけでも押さえましょう。それだけでもエビデンスの質を大まかに見極める助けになります(詳細なチェックは後で時間をとってもOKです)。
Apply:エビデンスの適用(患者・現場への反映)
◆典型シーン:批判的吟味を経て「これは使えそうだ」と判断したエビデンスがあれば、それを具体的な処方提案や服薬指導に活かす段階です。例えば、ある論文で「利尿薬Aの方がBより心不全悪化を減らせた」という結果が得られたとしましょう。しかし、それを目の前の患者さんにそのまま適用して良いかを考える必要があります。患者一人ひとり背景が異なるためです[21][22]。
適用段階で考慮すべきポイントとして次のようなものがあります[23][24]:
患者背景の違い:エビデンスの対象となった患者集団と、自分の担当する患者さんの年齢や併発疾患、重症度は類似しているか。例えばRCTでは腎機能正常な中年患者が対象だったが、自分の患者は高齢で腎機能低下がある場合、そのまま同じ投与量でよいか慎重に考えます。
併用薬・相互作用:患者さんの併用薬との相互作用リスクはないか。新しい治療を追加すると他の薬との飲み合わせ問題や有害事象の増加はないか確認します[25]。特に高齢者でポリファーマシーの場合、一つ薬を増やすことで有害事象やアドヒアランス低下を招かないか注意が必要です[26]。
価値観・希望:患者さん本人がそのエビデンスに基づく治療を望んでいるかも重要です[27]。たとえ有効性が示された治療でも、副作用リスクや生活上の負担をどう捉えるかは患者ごとに異なります。患者さんの価値観に反する治療は受け入れられません[28]。例えば「多少副作用があっても延命したい」方と「副作用なく穏やかに過ごしたい」方では選ぶ治療も変わるでしょう。
実装可能性(現実的な制約):そのエビデンスに基づく治療法が現場で実現可能かも考えます。日本で未承認の薬であったり、保険適用外で患者負担が非常に高額な治療は推奨しづらいです[29]。また治療に必要な検査体制や専門スタッフが自施設にない場合もあります。「理想的にはこれがベストだが、現状では実行困難なので次善策を検討する」といった柔軟さも求められます。
以上を踏まえ、最終的に患者ごとにカスタマイズした治療プランを組み立てるのがApplyのステップです。具体的には、先の利尿薬の例で言えば「この患者さんにはA剤の方が再入院リスクを減らせそうだ。ただし腎機能が低下しているので減量が必要。併用している降圧薬との相互作用も問題なし。患者さんも『入退院を減らしたい』と希望しているのでA剤に変更しよう」というように判断します。そして処方提案や患者への説明を行います。
患者への説明もEBM実践の重要な一環です。エビデンスに基づく推奨をする際には、専門用語を避けてメリットとデメリットをわかりやすく伝える必要があります[30]。例えば新しい薬を提案する場合、「この薬を使うと心不全で入院するリスクが約30%下がるというデータがあります。一方で副作用として腎臓の数値が悪くなる可能性が2~3%あります。ただ、今の状態ではこの薬を使うメリットのほうが大きいと考えています。飲まない場合はまた心不全が悪化するリスクが高くなります。ご不安な点は遠慮なく教えてください。」といった具合に、効果(利益)と副作用リスク(害)、飲まない場合のリスクをバランスよく説明します。[30]患者が理解・納得した上で治療方針に参加できるよう、言葉遣いや情報量を工夫しましょう。自信がない場合は、あらかじめ患者説明のテンプレート(例えば「薬を使う理由」「期待される効果」「考えられる副作用」「使わない場合のリスク」を順に説明する型)を用意しておくと安心です。
補足TIP:Applyの段階では、最低限チェックしたいポイントとして「提案した治療は患者の個別要因(年齢・腎機能・併用薬)に照らして問題ないか」「患者さん本人の希望に沿っているか」の2点があります。忙しい中でも、この2つに大きなズレがないか確認してから実践に移すだけでも、患者ごとの適切なケアに近づけます。
Assess:実践の評価と改善(アウトカムの測定と振り返り)
◆典型シーン:エビデンスに基づく提案を行い治療や指導を実施したら、それで終わりではなく結果を評価します。薬剤師の仕事で言えば、「提案どおり利尿薬を変更したけれど患者さんのその後の経過はどうか」「服薬指導で伝えた内容を患者さんは守れているか」といった具合に、アウトカムをフォローします。これはEBMのStep5にあたる部分で、PDCAサイクルで言えばCheck(評価)に相当します。
評価すべきアウトカムには、治療の最終成果だけでなくプロセスや患者体験も含めると良いでしょう。具体的な例を挙げます:
臨床アウトカム:薬剤師の介入によって患者さんの病態がどう変化したかを確認します。例えば利尿薬変更後の体重減少や呼吸困難の改善度、血圧や検査値の変動などが該当します。数値で追える指標があれば記録し、主治医とも情報共有します。
服薬アドヒアランス(遵守率):指導したとおりに患者さんが薬を飲めているかを確認します。処方残薬の有無、リフィル状況、患者からの聞き取りなどで把握し、アドヒアランスが向上していれば一つの成果です[31][32]。逆に守れていなければ、その理由(副作用が辛かったのか、飲み忘れか、意義が伝わっていないのか)を探り、次の介入につなげます[33]。
有害事象の発現:新たな薬剤有害事象や相互作用が起きていないかモニタリングします。例えば腎機能悪化や電解質異常など懸念していた副作用が出ていないか、患者からの訴え(めまいが増えた等)はないか確認します。必要に応じて主治医に報告し対応を協議します。
患者の満足度・納得度:患者さんが薬剤師の説明や関わりに納得し満足しているかも重要な指標です。例えば「この前相談したことだけど、おかげで安心して薬を続けられているよ」と言ってもらえれば、情報提供の質が良かった証でしょう。逆に不安が解消されていない様子であれば、説明の仕方を工夫する必要があるかもしれません。
これらのアウトカムは、可能であれば定量的な指標(数値や割合)で把握し、記録に残します。例えば「利尿薬変更後1か月で体重5kg減少、NYHA分類III→IIに改善」「残薬ゼロ継続」「クレアチニン上昇0.1と軽度で推移」「患者アンケートで理解度『とても良い』回答」などです。電子薬歴には振り返り用の定型フォーマットを作っておくと便利でしょう。SOAP形式の記録でProgress欄に介入結果と評価を書き込んだり、チームで共有するサマリーシートに「介入内容・アウトカム・考察」を追記していく方法もあります。記録を残すことで自分以外のスタッフとも情報共有ができ、後から見返したときに理由と結果を辿ることができます[34][35]。
また、Step5では自分自身のプロセスも振り返ります。[36]具体的には、「今回の疑問の立て方は適切だったか? 情報収集は効率的にできたか? エビデンスの吟味は正確だったか? 患者への適用と説明はうまくいったか?」といった点を自己評価します[37]。あるいは新たに文献が発表されて知見がアップデートされた場合、前回の意思決定を見直す必要があるかもしれません[38]。このように振り返ることで、「次に似たケースが来たらもっと素早く対応できるぞ」と経験知が蓄積されます。薬剤師チームで症例検討会を開き、お互いのEBM実践を共有し合うのも有効です。
補足TIP:Assessの段階で重要なのは、「やりっぱなしにしない」ことです。忙しくても、最低限1つでもアウトカムをチェックする習慣をつけましょう。例えば「副作用が出ていないかだけでも電話でフォローする」「次回来局時に効果実感を尋ねる」など一つでも評価すれば、患者ケアの質向上につながります。また、振り返りも忙しい中では後回しにされがちですが、月1回でも振り返りメモを書く時間を確保するなど、小さくても続ける工夫をしてみてください。
以上、AskからAssessまでEBMの5ステップを薬剤師業務の流れに沿って解説しました。最初は手間に思えるかもしれませんが、慣れてくれば5つのステップはシームレスにつながり、臨床で自然に回せる思考プロセスとなっていきます[39]。日常の「なんでだろう?」という疑問を大切にし、それをエビデンスで解決し患者ケアにフィードバックする――その積み重ねがエビデンスに基づく薬剤師実践の土台となるのです。忙しい現場でも無理のない範囲で工夫を凝らし、明日からぜひ「小さなEBMサイクル」を回してみてください。患者さんのためにきっと役立つはずです。[40][41]
参考文献 [1] [2] [6] [7] [8] [9] [12] [14] [19] [20] [39] 論文抄読会のお題担当をやってみた|会喜地域薬局グループ https://note.aiki-ph.co.jp/n/n3ac964efc5b5 [3] [4] [5] [10] [11] [13] [15] [16] [17] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [29] [36] [37] [38] [41] Evidence-Based Medicine for Pharmacists — tl;dr pharmacy https://www.tldrpharmacy.com/content/evidence-based-medicine-for-pharmacists [18] [40] 第3章 薬剤師におけるEBM実践の現状と障壁.docx file://file_00000000f1a07209a50f02f87ac88432 [28] 第2章 用語定義:EBMとは何か(最小限の共通言語).docx file://file_0000000026607206968d9ae62929d293 [30] [31] [32] [33] 服薬アドヒアランスとは?服薬アドヒアランスを向上し服薬指導に力を入れることが大切 https://www.e-medicationhistory.net/management/adherence.html [34] [35] 薬剤師必見!疑義照会のポイントと例文を交えた記録の書き方を紹介|薬剤師求人・転職・派遣ならファルマスタッフ https://www.38-8931.com/pharma-labo/skill/reference.php